馳浩が大臣に!高見恭子の前の嫁は?山田邦子にブチ切れ?健介と臨死体験について

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馳浩さんが文部科学大臣として初入閣との事です!

今や元プロレスラーという肩書きが必要ないくらい政界で活躍してらっしゃいますね。

馳浩さんについて取り上げます。

馳浩のプロフィール

生年月日:1961年5月5日(54歳)

出身地:富山県小矢部市

出身校:専修大学

学位・資格:文学士/高校教員免許(国語科・書道科)/日本漢字能力検定 2級

前職:プロレスラー

馳浩と佐々木健介の関係

馳浩さんが元プロレスラーであったという事は30代までの方ならプロレスに詳しくなくても知っていると思いますが、

現役時代にどんな活躍をしていたか知る人は恐らく35歳以上の人ではないでしょうか。

 

1961年5月5日生まれの馳浩さんは今年で54歳になります。

最近は坊主頭だし、トレードマークの口髭もなくなったので随分印象が変わりましたけど年齢の割には若いですよね。

 

1984年に専修大学を卒業後、国語の教員免許を活かして出身高校である石川県の星陵高等学校で教鞭を振っていましたが、

その年にあったロサンゼルスオリンピックにレスリングの日本代表として出場しています。

オリンピックは予選敗退に終わりましたが、その実績を買われて1985年、大学の先輩・長州力のジャパンプロレスに入団します。

 

オリンピック出場経験というのはプロレス団体に入団するうえでは、非常にポイントが高く、将来を期待されるエース候補としての扱いを受けるんですよね。

同時期に入団していた佐々木健介は高校時代に柔道経験がありましたが馳浩のように特待生扱いではなく、普通に長州力に憧れて練習生として入団した為、

下積み時代は馳浩の存在は嫉妬の対象でしかなかったようです。

佐々木健介も今では明るくて優しいキャラで人気ですが、当時は真面目で堅い力が強いだけのつまらない選手でした。

 

その後、馳浩と佐々木健介は「ハセケン」として同期タッグを組んで武藤敬司蝶野正洋橋本真也との闘魂三銃士スタイナー・ブラザーズらと名勝負を展開していますが、このころはお互いにベストパートナーであり、良いライバル関係でしたよね。

個人的に新日本プロレスが好きなので馳浩は1995年前後の記憶が一番印象に残っています。

 

そう言えば蝶野正洋が1994年の「G1クライマックス」で3度目の優勝をした後、ベビーフェイスから武闘派宣言をしてヒールレスラーに転向した初戦の相手が馳浩でしたよね、確か。

正統派だったはずの蝶野正洋が反則攻撃で馳浩を血だるまにした試合はめちゃめちゃインパクトありましたねー!

馳浩には申し訳ないけど馳浩と言うと何故かその試合が一番に思い浮かびます。。

 

個人的には馳浩の印象はこの時の黄色いパンツ口髭ですね。

当時、野蛮なイメージのプロレスラーが多いなかでスマートで知性を感じさせる数少ないプロレスラーでしたよね。

あ、あとジャイアントスイング

子供の時にプロレスごっこで友達相手によくやってました。笑

馳浩の臨死体験ってナニ!?

馳浩と言えば臨死体験のエピソードも有名ですよね。

 

新日本プロレス時代に後藤達俊バックドロップを受けた際、受け身に失敗して後頭部を痛打、一時心肺停止になったという事件です。

その試合にはリングドクターが居たので大事には至らなかったですけど、一歩間違えれば三沢光晴さんの時のような大事故になっていたところです。

 

その事件から、リングドクターが常駐するようになったみたいですけど、逆に言うとそれまで居なかったんですね…

プロレスは八百長だと言う人がいますけど本気でやったら危険過ぎる事をやってるんですよね。

 

馳浩が心肺停止状態から無事に目を覚ました時に言った「綺麗な虹を見てたんだ」迷言(?)から後藤達俊からはちょくちょく「また虹見せたろか」ってネタにしてましたが、ネタに出来るくらいで済んで本当に良かったですよね。

馳浩の嫁・高見恭子とは再婚。じゃあ前の嫁は?何で離婚した?

馳浩の嫁といえばタレントの高見恭子さんですが実は再婚なんですよ。

知らない人も意外と多いんじゃないですかね。

 

最初の嫁は若手時代にサンボ修行してた時の師匠・ビクトル古賀さんの娘なんです。

結婚期間がどのくらいあったかは覚えていませんが結局、某女優と不適切な関係があった?という事で離婚したんじゃなかったかと思います。

 

某女優というのは高見沢杏奈さんという方なんですが、以前から大ファンである事を公言していました。

どのような活動をされていたかはアラフォー男性ならお世話になった方もいると思うのですぐわかると思いまが、

ここではこれ以上書けないのでわからない方は各自検索してください。笑

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馳浩が山田邦子にブチ切れした事件ってなんだ!?

「馳浩」で検索すると「山田邦子」が出てくるのは、テレビ番組で馳浩が山田邦子さんにキレたからなんです。

 

テレビ朝日で現在も放送されている「ワールドプロレスリング」の視聴率が伸び悩んでいた時期にそのテコ入れとして、プロレスの試合は大幅にカットしてプロレスラーをゲストにトークを交える形式にした時期があったんです。今思うと「何故そうなった!?」という感じなんですけど、当時は苦肉の策だったんでしょうかね。

 

ギブアップまで待てない!ワールドプロレスリング」という番組にリニューアル(?)して山田邦子さんがそのメイン司会を務めていたんです。

ただ山田邦子さんも他の出演者もプロレスに無知な人ばかり、当時のファンからはストレスの溜まる、まさに「誰得?」状態の番組になっていたんです。

 

そして、そんななかで当時、血気盛んだった若手時代の馳浩がゲストとして出演したんですけど、司会の山田邦子さんがどうでもいい質問をしてしまいます。

 

(流血したら)控室でやっぱり~、あの~、血なんかすぐ止まるもんなんですか?(プロレスの)選手っていうのは。

それに対して馳浩は間髪入れずに「おい、つまんない話聞くなよ!止まるわけないだろっ!

 

決してプロレス的な怒鳴った口調ではなかったのですが、それが逆に明らかに怒っている雰囲気でした。

 

「プロレスは八百長」的な目で見られている時期だったので、無知故の好奇心とは言え、聞いてはいけないデリケートな質問だったのです。

 

フォローするように他の男性出演者が話を逸らして場を繋いだのですが、さらにどうでもいい質問で馳浩はピリピリ。

山田邦子さんは明らかにビビって萎縮してしまって、それ以降は声も小さくなり気まずい様子でした。

 

この馳浩の対応はプロレスファンからは賞賛されていたのですが、当時の山田邦子さんはバラエティ番組の女王というくらいの人気タレントだった為、一般視聴者からは「あんなことで女性を怒鳴りつけるなんて、やっぱりプロレスラーは野蛮!」というイメージを植え付ける結果となったんです。

 

更にテレビ朝日も「無名なプロレスラーが山田邦子に失礼な事をした!」と、人気タレントだった山田邦子を擁護する側に立ち、、この件が理由で番組はアッサリ打ち切りとなりました。

 

山田邦子さんがその当時、プロレスが好きだったということはないと思いますが、現在は芸能界で一番多いと言われるくらいプロレス観戦をしているみたいです。

この時、馳浩に怒られたから……..ではないと思いますけど。

最後までありがとうございました!ではまた!

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