掛布雅之が阪神2軍監督に!自己破産や飲酒運転、息子が現在までならなかった理由?

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掛布雅之さんが阪神タイガースの2軍監督に就任することになりました!

掛布雅之さん(60歳)が1988年の現役引退以来、28年振りに阪神に復帰する事になったのです!

逆にミスタータイガースと呼ばれていた掛布さんが臨時コーチはあったものの今まで監督どころかコーチにもなったことがないというのは何故なんでしょうか?

掛布雅之が阪神2軍監督に!現在は阪神の打撃コーディネーター

現在は打撃コーディネーターとして阪神には関わっていますが、

あくまでも「球団本部付」のアドバイザーという立場で正式にコーチとして入閣している訳ではありません。

 

1988年の引退後は主にタレントや解説者として活躍していたわけですが、

掛布さんが阪神の2軍監督に就任することになったのは、今回、阪神の1軍監督に就任した金本知憲さんの強い希望があったからのようです。

掛布雅之が現在まで監督にならなかった理由は?

広島から阪神に移籍してきた生え抜きではない金本知憲さんが引退して3年で1軍監督になったのに、ミスタータイガースと呼ばれた掛布さんが現在まで阪神の監督どころかコーチにもならなかった方が異常な事ですよね。

 

28年もコーチにすらにならなかったのですから、阪神ファンだけでなく野球ファンからも様々な憶測が飛び交っているようです。

現在まで監督にならなかった理由は掛布雅之の息子の問題?

掛布さんは生まれたのは新潟県三条市で、1歳の頃から父親の故郷である千葉県千葉市で育っています。

1歳から千葉ですから新潟の記憶は殆ど無いでしょうね。

幼少期は剣道を習っていたようですが、中学生の時に野球部の監督をしていた父の影響で野球を始めます。

 

その頃にプロ野球で活躍していたのが長嶋茂雄、当時の野球少年なら誰でも憧れる存在です。

そしてその長嶋茂雄も千葉県出身。

意識するなという方が無理がありますよね。

掛布さんもご多分に漏れず実は巨人ファン…というよりも掛布さんにとって長嶋茂雄さんは敬愛してやまない存在だったようです。

デビューした年の5月21日の対巨人戦でプロ入り初安打を記録した時、掛布は三塁を狙ったが長嶋にタッチアウトされた。

しかし、「憧れの長嶋」にタッチされたことが嬉しくてたまらなかったという。

出典:Wikipedia

さらに掛布さんの結婚披露宴では長嶋さんからこんな言葉を贈られています。

「君には巨人戦で数多くのホームランを打たれて悔しい思いもした。

だが、君は千葉の後輩なんだ。悔しいが、誰にも負けない大きな拍手を、心から君のホームランには贈っている」

これに対して掛布さんも「長嶋巨人を倒すことが長嶋が最も喜ぶことだ」と考えたそうです。

 

「ミスタータイガース」と呼ばれるようになってからはさすがに公言することは躊躇していたようですが…

その後、日本テレビで野球解説をしていることなどを考えても根っからの阪神ファンでないことはわかりますよね。

 

掛布さんの息子長男・啓悟さんも野球をやっていて、その啓悟さんを巨人に入れようとしていたという情報もあります。

 

ただ、啓悟さんが本格的に野球を始めたのは高校からと遅かった事、その後、大学、社会人でも野球を続けていましたがプロにはなれなかったようです。

 

このことが監督になれなかった理由ではないと思いますがミスタータイガースと呼ばれていた掛布さんが自分の息子を巨人に入れたがるほど熱烈な巨人ファン、長嶋ファンというのは阪神の球団幹部としては頭が痛い話だったようです。

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過去の飲酒運転事件が原因?

一番の理由はこれでしょうね。

現役最後の年、1988年の3月に飲酒運転で逮捕されたこと。

日ごろから「警察なんてこわくない」と豪語していたので、警察に狙い撃ちされたようです。

名神高速を運転中に地元警察に逮捕されたのですが足元も覚束ないくらい泥酔していたようです。

ただシーズンが始まる3月のオープン戦の時期だったというのはミスターターガースへの温情でしょうかね。

 

当時はまだ道路交通法も今ほど厳しくなかったのもあるでしょうけど、3~4日の謹慎で済みました。

 

ただ、当時の球団オーナー久万俊二郎(くま しゅんじろう)からは「うちの4番は欠陥商品。野球選手以前に人間として失格だ」と激しく罵倒され、更には打撃不振の掛布さんの打順降格についても発言したことが原因で2人の溝は決定的なものとなり、この年、掛布さんは引退しました。

 

久万俊二郎氏は「自分の目の黒いうちは掛布を阪神に復帰させない」と言っていた為、掛布さんの阪神復帰はありませんでした。

 

掛布さんが引退後すぐについた仕事が日本テレビ系列の野球解説だったのも長嶋茂雄さんへの憧れがあったことと同時に久万俊二郎氏との対立が原因でした。

自己破産に追い込まれた借金問題?

掛布さんは1988年の現役引退後に飲食店やスポーツ用品店など幅広く経営していたましたが、その事業に失敗し、多額の借金を抱えていました。

掛布雅之氏(54)が自己破産の危機に立たされている。掛布氏が経営に携わっている会社2社に借金を肩代わりさせられたとして、大阪市のコンサルタント会社が約1億5300万円の支払いを求めた訴訟で、大阪地裁は12日までに掛布氏に全額支払いを命じる判決を出した。掛布氏は控訴する意向だが、元「ミスタータイガース」の懐は借金まみれでお騒がせ続きだ。
出典:掛布“自己破産”の危機 テレビ解説の仕事もナシ – 

一時は借金取りが球場まで取り立て来るなど相当、困窮していたようです。

 

 掛布さんは「実質的な経営者はコンサルタント会社で、借金の肩代わりとはいえない」などと主張しましたが、受け入れられず2008年には自宅を差し押さえられる事になりました。

 

恐らく、これが原因だと思いますが、1989年から続けていた日本テレビ系列の解説者としての契約も解除されました。

それまでは日本テレビ系列からの仕事で年間5,000万円近いギャラを受け取っていたようなので、それがなくなってからどうやって生活していたんでしょうね。

 

今回の2軍監督としての阪神復帰は金本新監督からの強い希望も理由の一つではありますが、借金問題が解決したからなのでしょうか。

まさか、あの阪神が肩代わりしたとか?

最後までお読み頂きありがとうございました。

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2 Responses to “掛布雅之が阪神2軍監督に!自己破産や飲酒運転、息子が現在までならなかった理由?”

  1. ミスター・クロイマックス より:

    掛布雅之は、プロ野球選手としての半生をタイガースで過ごした唯一の生え抜きであるが、思い遺すのはあの1985年の唯一のタイガースの優勝+日本一を達成した直後の翌86年にペナントレース開幕直後に受けたデッドボールをきっかけに徐々に4番としての成績が下墜(かつい)して、その件を理由にして自身の野球人生を終えてしまったが、その年(86年)のペナントシーズンオフにパ・リーグのロッテオリオンズ(当時)が、不動の4番の落合博満をトレードで放離(ほうり)する事が決まっていて、タイガースも当時は落合氏の獲得に総力を挙げていたろうからその時に掛布自ら阪神の球団にトレードを志願して仮にロッテからの落合氏との交換でオリオンズに移籍していれば、こんな形で現役を終える事無く、タイガースというセ・リーグからオリオンズというパ・リーグに属して野球選手としての残活(ざんかつ)を全うして、しばらくしてロッテはマリーンズに改名して千葉マリンスタジアムに移転してるから、ちょうど自身の地元で長年の現役生活にまんべんなく終止符を打てたはずだったのにそこがもったいないような気がしてならないので、当時の掛布も必ずタイガースというプライドはその時点で投げ棄てるべきだったのではと今はそう捉えるに他無しだね⁉

    • mash0079 より:

      ミスター・クロイマックス様
      コメントをありがとうございます。
      阪神の4番として人気・実力を兼ね備えていた方だけにせめて阪神で綺麗に引退出来ていたら、もっとはやくコーチや監督としても貢献してくれていただろうと思うと残念ですね。
      ミスター・クロイマックス様の仰るようにロッテへの移籍は掛布さんのプレイヤーとしての最後の花道を飾ることは出来たかもしれないですが、
      当時の阪神が仮にもミスタータイガースと呼ばれた男をトレードで他球団に行く事を認めると阪神ファンからは球団への反発が相当あったんじゃないでしょうか。
      生涯阪神で引退したから未だにミスタータイガースと呼ばれているわけですし。
      ただ、プレイヤーとしては最後まで全う出来なかったわけですから、それは勿体ないですし、本人としても悔いは残っているはずですよね。

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