M-1決勝の結果と同世代の審査員に「出来レース?」とは疑わないが….

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M-1グランプリが5年ぶりに復活し、敗者復活戦から勝ち上がった、「トレンディエンジェル」が優勝した。

過去のM-1では正直、笑えないコンビが何組かあったりしたので、そういう意味ではファーストステージのネタはどのコンビも面白かったし、

メイプル超合金みたいな「何だこいつら!?」みたいなコンビが出てきて笑いをかっさらうみたいなのもM-1の面白さと言える。

 

メイプル超合金、見た目のインパクトに引きづられそうになったがなかなか面白かった。

赤い服を着た金髪のカズレーザーも「やばい奴感」だけじゃなくボケも良かったし、ああいうネタは堂々としてやらないと寒いが、緊張感がないのか?ってくらい堂々としていた。

途中、がっつり噛んだのはまぁ愛嬌ということで。

 

スーパーマラドーナもどう見ても真面目そうな田中のクズキャラが炸裂してて良かった。

後半に向けてテンポが上がるに連れて笑いの量が増えていく感じもM-1らしくて良かった。

 

タイムマシーン3号も以前、渡辺正行さんに指摘された「デブネタ」をまた使ってきたのは渡辺正行さん的にはどう写ったのか興味はあるが、

ネタとしては面白かった。

関のデブだけじゃなくて山本のガリのターンが用意されていたのは良かった。山本がガリかどうかは別として。

 

ハライチは2010年の決勝に出た際は7位と惨敗しており、その後ピンでも活躍していたので期待していたが、

あまり成長が感じられなかった。客を意識せずに2人でやってる感が強かったのは残念。

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決勝の結果と審査員に「出来レースなのか?」という疑いはないが…

5年ぶりということで期待していたのだが、ネタ以外のところで非常に違和感があった。

それを一番感じたのは今回から審査員が今までのベテラン漫才師から歴代王者に変わった事。

 

このシステムになったのはあくまでも個人的な予測だが、松本人志が審査員を降りたからではないかと思う。

漫才の審査員をやりたくないと言っていたし、島田紳助が審査員長を務める時にしか審査員をやっていない。

 

当然、審査員長として白羽の矢が立ったと思うが、審査員すらやりたくない松本人志が引き受けるとは思えない。

松本人志は元々、お笑いを点数化することに抵抗があったようなので、これは致し方無い。

 

島田紳助の顔を立ててという部分が非常に強かったようだし、引退した島田紳助がこのM-1に関わることはないから、無理して関わる理由がない。

 

当初、今年の夏に復活予定だったM-1を「漫才のコンテストは年末にやるもんやろ」と冬開催に延期させているくらいなので、全く関わりがないわけではないと思うが。

 

チュートリアルの徳井が「スゴい審査員が“いる”大会だからこその価値があった」と発言していたが、これは私も同意。

 

名前があるから適正な審査が出来るわけじゃないとは思うが、例えばM-1に前々からあった「出来レース」という噂。

事務所の力関係とかで予め優勝者が決まっているとか、有力な審査員が推すコンビが優勝するとか。

これらはあくまで噂の域を出ない話だが、今回のようなほぼ同世代の芸人が審査するのは今まで以上に「厳正な審査」というものに疑いを持ってしまう。

 

笑い飯の哲夫がスーパーマラドーナの審査の時に「飲みに行く仲だから」という理由で敢えて点数を辛目につけたと言っていた。

哲夫自身も審査員として、仲の良い芸人仲間を有利にすると思われたくない、適正な審査をしている事を知って欲しいという理由からそういう発言をしたんだと思うし、その気持は凄くわかる。

だが、そういうアピールが必要な時点で審査員としてはどうなのか?本当に公平性が保たれているのか?という気がする。

 

M-1で優勝すれば一定期間は間違いなく仕事が増える。

そこから先も仕事を増やしていけるかは、その芸人の実力次第だが。

同世代の芸人で審査するということは、出場者の中から自分たちの食い扶持を減らすライバルを作ってしまうということ。

 

ファイナルに進んだ銀シャリ、ジャルジャル、トレンディエンジェルは既に知名度もある程度ある為、優勝しても急激に仕事が増えるとは思えない。

それは笑い飯が10年目に優勝してもそれほど仕事が増えなかった例を見てもわかる。

 

無名に近い芸人や新人がM-1で優勝するのが一番インパクトもあるし、審査員を務めた芸人の仕事を脅かす存在になる。

そういう芽を審査員の立場で潰すことも出来てしまうのだ。

逆に出来るだけ自分たちのキャラや仕事に被らないコンビを選ぶといった事も出来る。

同世代の審査員がいけないわけではないが、今回の審査員は、ほぼ全員同世代。

 

やるかやらないかは本人達の自由だが、そういう選択肢が残された状態の審査が公平であると言われても、そこから出た結果が一切の疑いもなく点数化出来る競技であれば良いが、お笑いも最近は多様化しているし、個人の主観が多分に入るものだ。

 

たとえ公平であっても万人にとって納得出来る審査というものはそもそも不可能なのだ。

その条件のなかでM-1優勝という肩書に説得力を持たせる必要があるのなら、同世代の芸人による審査には改めて反対したい。

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